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ウィズ便り




介護現場の体験談を中心に、福祉用具についてのご紹介、介護保険等に関する情報を定期的に発信させて頂きます。
弊社とお客様のコミュニケーションの一助となれば幸いです。

心温まるストーリー★介護の現場から~介護すること、されること~★

手すりがたくさん!

2022-04-07
Aさんは平成26年、脊柱管狭窄症の術後、ご自宅での生活に不安を感じご相談に来られました。

手術後の経過は順調でしたが、足のしびれと感覚麻痺が残り、歩行時の足の運びが不安定で入浴も転倒の不安がありました。Aさんは独居ですが、隣にお住いの娘様が、毎日出勤前と帰宅後に、お母様のところに立ち寄りお世話をされていました。頑張り屋のAさんは、「転倒の不安なく歩きたい」と強く希望され、ディケアを利用し専門的なトレーニングを受け、自宅でも毎日自主トレに励まれました。安定した歩行で外出が楽しめるよう歩行器を導入しました。また、以前に乳がんの手術をされていたこともあり、入浴に関してはできる限り自宅で入りたいという希望があり、介護保険を利用して浴槽に挟み込むタイプの手すりを導入、浴室出入口に手すりを取り付け、娘様の介助で、ご自宅での入浴ができるようになりました。

ところが数か月後、右肩の痛みと動かしづらさを訴えられ、検査の結果、右肩腱板断裂と診断されました。人工肩関節置換術を受けることを決断され成功したのですが、炎症反応が強く出たため、結局その関節をはずして様子をみることになりました。痛みはなくなりましたが肩が上がらなくなり、再度住環境の見直しが必要になりました。入浴が困難になり、シャワーチェアに座っているときに届く高さと、立位の時に握りやすい高さ両方を考慮して手すりを必要な個所に取り付けました。生活に必要なものも、置く位置を変えたり取り出しやすくする工夫をされました。ディケアでも、患部に負担をかけない運動で肩関節ができるだけ硬くならないよう、リハビリを継続しました。

Aさんの頑張りで、順調に生活されていましたが、令和2年のコロナウィルス感染拡大による緊急事態宣言で、感染リスク軽減のため1か月以上ディケアを休むことになりました。急激に筋力低下による姿勢の崩れが進み、体が前傾するようになり、歩行が不安定になりました。自宅内での伝い歩きの支えとなっていた家具は、高さが合わず体を支えることができなくなりました。至急また住環境の見直しです。動線に沿って手すりを設置する必要がありましたが、前傾姿勢と右肩関節可動域の制限という現状と、リハビリでの改善を想定し、身体状況の変化に合わせ、持ちやすい位置で支えられる縦手すりを提案しました。Aさんの希望で、台所、居室、浴室、トイレ、玄関の移動の要所要所に縦手すりを設置し、設置できない箇所には、置き型の高さ変更できる手すりをレンタルすることになりました。

設置後、Aさんは何度も歩いて試され、「杖がなくても安心して歩けるわ」と、とても喜んでくださいました。娘様とのお話中にも「ちょっと歩いてくる」と言って、何度も手すりをもって歩いておられる様子を見て、娘様とホッと一安心したことを今でも覚えています。
手すりをたくさん設置した居室内
翌月の定期訪問の時にも、
「縦の手すりがいっぱいついてどうなるかと思ったけど、この手すりのおかげで、家の中を杖なしでも安心して歩けるし、一人でディケアのお迎えを玄関で待つ時も、何の心配もなくなったわ」
と喜んでくださっています。

ご本人の身体状況にあった住環境整備が、人の手を借りずに自分でできることを増やすことになると改めて実感することができました。そのことが意欲につながり、今日も笑顔で過ごされています。


株式会社ウィズ ショールーム 介護支援専門員 冲 真岐
 

笑顔に支えられた旅立ち

2022-03-02
 穏やかな笑顔のAさん46歳とお会いしたのは令和2年10月。平成29年に皮膚がんを発症し、のちに再発、自宅での看取りを希望されての退院でした。
 和歌山市で生まれ育ち、某美大を卒業後、手塚治虫氏に憧れ、市内でショットバーを経営しながら、漫画家を目指していたAさん。ある日、Aさんの友人とご一緒に来店された奥様に一目ぼれ。奥様も、何でも前向きに考え、優しさに溢れるAさんに惹かれ、一緒に暮らし始めて3年目、入籍を考えた矢先の事。 「これ以上の治療がないと言われた。入院中は家族に会えないし家に帰りたい。」とAさん。奥様は「最期は主人の思うような生活を送らせてあげたい。」と自宅で最期を迎える事を決断されたのです。
 退院当日、和歌山からご両親、弟さんが来られ奥様と自宅でAさんを迎えました。事前に療養生活を支える為、必要な介護サービスを検討。福祉用具の電動ベッド、床ずれ防止エアマット、室内用車椅子をレンタルで導入し、ポータブルトイレを購入。在宅医、訪問看護師の訪問をお願いし、在宅生活の支援を準備しました。

 退院して数日後、奥様が「ようやく入籍する事ができました。」と嬉しそうに私達ケアチームに報告して下さいました。Aさんは「入籍したんだから奇跡を起こしてもっと生きるよ。」と。
 退院当初、奥様の手料理を食べ、愛犬とベッド上で遊び、大好きな漫画を読んで過ごされていました。転移した癌の創部から出血があり、訪問看護師が処置を行います。シャワー浴の相談が福祉用具相談員にあり、方法を検討。
室内用車椅子で移動、浴室入口に新たに縦型手すりを設置する事で、自力で立ち上がり、浴室内へ。看護師の介助のもとシャワー浴ができた時は、「最高に気持ちよかった。」と満面の笑みでした。
まもなく強い疼痛から体を起こす事が困難となり、シャワーはこの一度きりでした。創部から絶えず出血、膿と便も混ざるようになり、処置の回数が増え、奥様も「人間の体は不思議ですね。」と驚きながら、ヘルパーと看護師と共に昼夜、排泄介助、ガーゼ交換、食事介助をされ、以後3か月に渡り入退院を繰り返しながらも、介護・医療、ご家族、愛犬、ご友人の方々に支えられ、ご夫婦で過ごせた時間となりました。
画像参照:https://dic.nicovideo.jp/
令和3年1月、出血と貧血がひどく、再入院も検討される中、奥様と愛犬に見守られ逝去。
Aさんの遺影の前には、大好きだった手塚治虫氏に真似て、店で使っていた黒縁めがねと赤いベレー帽が置かれ、奥様は、「会社を辞めて店をします。コロナ禍で大変ですけど思い出の店を失くしたくない。」と前を向かれました。

46歳という若さで闘病、自宅での看取りを強く望まれたAさん。奥様、ご家族、ご友人達が見守る中、最後まで自分らしく生きることができました。看取りに寄り添う事の大切さと感動を経験する事ができ、忘れられない経験となりました



株式会社ウィズ西営業所 介護支援専門員 間 雪江

頸髄損傷からの回復

2022-02-02
Aさん77歳 鳥取県で育ち、結婚、就職。定年後はカラオケや農業を趣味として夫婦仲良く暮らされていました。
1年前、自宅の階段から滑り落ち、頚髄損傷で手術を受けられましたが、上下肢麻痺の診断を受け、突然のことに喪失感に苛まれます。
生活動作全てに介護を必要とする状態になられ、介護認定を申請、要介護4の認定がおりました。退院にあたり、大阪在住の娘様は、両親共に引き取り、自宅での介護を考えましたが、Aさんは「歩けるようになるまで、リハビリのできる施設に入りたい。」と施設入所を望まれました。ご家族に負担をかけたくないというお気持ちだったのでしょう。娘様が、大阪の自宅から近い、自費のリハビリ訓練が利用できる有料老人ホームを選ばれ、入所されます。

ホームでの生活が始まり、まずは「歩行器で歩く」を目標とし、リハビリ訓練に取り組まれます。ところがコロナ禍で面会制限がかかり、ご家族に頻繁に会えなくなってしまいました。入所2ヶ月が過ぎた頃、施設から、Aさんが「頑張ってリハビリをしているのに思うような結果が出ないと意気消沈している、物忘れも見られるようになっている。」と連絡がありました。ご家族は「このままでは寝たきりになるのではないか。」と不安が募り、かかりつけ医に相談。医師からは「ケアマネジャーやリハビリの専門職がチームとなり寄り添う、在宅介護を実現しましょう。自宅でも残っている機能を生かし、日常生活でできることを増やすためにリハビリができるよう、お手伝いしますよ。」と力強い提案がありました。それを聞いたAさんは「家に帰ってリハビリができるなら頑張るよ。」と涙を浮かべて喜ばれたそうです。
自宅に戻り「歩けるようになる」という目標に向け、訪問リハビリ、デイケア、デイサービス、福祉用具、訪問マッサージなど、ご本人の意向を踏まえたリハビリ強化の計画書を作成し、サービスがスタートしました。
当初は、日常生活全般に介護が必要であり、ご家族の介護負担が大きいことが課題でしたが、2か月が経過し、意欲的にリハビリ訓練に取り組まれた結果、ご自身で椅子からの立ち上り、手引きの歩行ができるまで回復されたのです。Aさんに笑顔が戻り、1人で歩けることを目指されています。家族様から「最初は介護できるのかとても不安でしたが、リハビリ担当の方々に介助方法を丁寧に教えてもらい、何より家族の気持ちも理解いただいて嬉しかったです。先生や専門職の皆さんにサポートしてもらえるからこそ、自宅で介護ができると思います。」と嬉しいお言葉を頂きました。リハビリ専門職による介護方法の指導やアドバイスなどがご家族の不安解消につながり、定期的な訪問で安心感をもたれたのでしょう。
↑5つの事業所が連携してのリハビリ
ご本人は、突然の怪我により、ご自分のやりたいことができなくなり、とても悔しい思いをされた事でしょう。Aさんの「歩きたい」という強い願いを汲み取り、その願いを、在宅介護で叶えてあげたいというご家族の決意に対し、チームで共有し、一丸となってケアできたことにより、目標であった「歩けるようになりたい」が実現できたと思います。


大阪西営業所 介護支援専門員 中山由美子

ご夫婦の暖かさを感じる節句のお人形

2022-01-05
Aさんは奥様と二人暮らし、約1年前ケアマネジャーとして担当させていただくことになりました。
ご自宅にお伺いすると、心疾患の術後ということもあり、体力が低下、食事も十分とれない状態で、話をするのがやっとといったご様子でした。
Aさんはボクシングの大ファンでwowwowで世界戦を視聴するのがご趣味。以前は近くのフィットネスクラブに毎日通って、体を鍛えておられました。
奥様は、着なくなった着物の生地を再利用して、お人形や季節の小物を作るのがご趣味。ご自宅には至る所にすばらしい作品が飾られていて、素敵な作品に目を奪われました。

奥様は「病院に連れていくのに車いすを利用したい。自宅でもこけるので、屋内用の歩行器を利用したい。」と、ご主人の病状にも迅速に対応されていました。ご本人は「もう以前のような体には戻れず、体を鍛えることもなくなるだろう」と落ち込まれている時もありましたが、福祉用具のご利用にあわせ、リハビリ特化型のデイサービス利用を提案させていただき、何とか週2回通われるようになりました。奥様はAさんの介護を献身的に行いながらも、時間を見つけては、趣味の手芸や、ご友人との交流を楽しまれており、Aさんのリハビリにも常に前向きなお声がけをされ、励まされていました。
そのような奥様の姿に刺激を受けられたAさん。「自分も、もっと以前のように趣味を楽しめるようになりたい!」と奮起され、リハビリ特化型デイを週2回から3回に増やし、意欲的に運動を始められました。「体力を取り戻して、もう1度シャドーボクシングがしたい。」と前向きなお気持ちが聞かれるようになりました。
歩行が安定し、屋内用歩行器は必要なくなり、Aさんの意欲アップとともに、奥様の作品づくりも、益々精力的に。季節ごとの節句のお人形や野菜、干支をモチーフとしたホルダーなども制作され、様々な生地の種類や染め方と、奥様のイマジネーションが見事に融合していました。
その様な作品を、Aさんはデイサービスに持参し、飾ってもらうことで、デイサービスの皆さんに奥様の作品を楽しんでもらうのが誇りであったようです。
奥様の作品について語られるAさんの姿が非常に微笑ましく、ご夫婦の絆を感じました。私自身も季節に応じた作品を拝見することで、日本の文化を垣間見る事ができ、心温まる和やかな気持ちにさせてもらいました。
そしてAさんもまた、シャドーボクシングをしたいという、ご自身の趣味の実現も近いと実感されてきました。モニタリングで訪問すると、ボクシングへの想いがさらに高まっておられ、「ボクシングの世界戦」の話題を熱弁されていました。

Aさんの生活も落ち着いてこられ、奥様は地元に戻って、夫や親族と共に支えあっていけるように生活しようかと考えられるようになりました。

地元で生活していく準備を少しずつ進め、新たな地でご夫婦の夢を広げる生活にチャレンジされました。

今も、ご自宅の鏡の前で、シャドーボクシングをされていると、引継いで頂いた、ケアマネジャーからお聞きします。

これからもお互いを尊重しあい、支えあう仲の良いご夫婦であられることでしょう。
 
大阪西営業所 介護支援専門員
福嶋勝一郎

想いを伝え合うために

2021-12-01
Aさんは、97歳で今も、一人暮らし。五木ひろしの大ファンで、毎晩ビデオ鑑賞を楽しまれています。
「お母さんには、いつまでも元気で家にいて欲しい」と、近くに住む娘様や息子様に支えられ、訪問看護や訪問介護の支援を受けながら、生活されていました。
様子が変わり始めたのは、貧血のために、入退院を繰り返すようになってからです。
体力が低下し、家の中を動くのも、胸がどきどきするようになりました。
 以前からあった難聴もすすみ、テレビの音は大きくなり、家の中に五木ひろしの歌声が、コンサートホールのように響き渡ります。
普段の会話も耳元でかなりの大声で話さないと聞こえません。
さらに、コロナ禍での看護師さんやヘルパーさんとの会話は、マスク越しとなり、うまく聞きとれません。
感染予防もあり、近づきすぎる会話には抵抗があります。
Aさんは、いくら話しても返事が聞こえないので、しんどくても、何度もお話しを繰り返します。
イライラもたまるようになりました。
「聞こえないのが、一番つらい」
「こんななら早くお迎えに来てほしい」と支援者として、
とてもつらくなる言葉が聞かれるようになりました。

しかし本当は「元気で家にいたい」の裏返しなのでしょう。 
                                                                                                    
時、看護師さんが「もしもしフォン」を教えてくれました。
「もしもしフォン」は、糸電話の進化版のような福祉用具で、お互いが耳や口に当て、声を大きくするものです。
蛇腹式になっており、少し離れた距離で話しても、会話が出来ます。
早速購入され「最近はいい物があるなあ」と喜んで使われ、相手の言葉がはっきりわかるので、お顔も和らいでお話されるようになりました。
もう一つ提案があったのが、電話の受話器につけて使う音量増幅器です。
難聴が進んでからは、電話での会話はAさんからの一方通行となり、家族も支援者も困っていました。
器械を試用した感想は、「耳が痛いほど、良く聞こえるわ。」娘様にすぐ電話し、購入を決められました。
今は納品される日を楽しみにされています。
想いを聞き、想いを伝える。
人が生きていく上では、一番大切なことかもしれません。          お互いの想いを伝えあいながら、これからもAさんらしい生活が送れるように支援していけたらと思っています。


株式会社ウィズ 吹田営業所 介護支援専門員 橋本裕之
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