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修理屋スグルと戦慄のパーキングミッション④虚像歪曲のコンプレックス

2021-12-24
見覚えがある車いすが作業場に置かれている
先日オレがブレーキを修理した車椅子だ
 
どうしてここにあるのだろう?
 
何やらメモが貼り付けられている
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至急対応必要
クレーム
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一瞬にして背筋が凍りつく
 
どういう事だ
確かに修理を完了させて返却したはずだ
 
気が動転してパニック寸前なオレに追い打ちをかけるように後ろから声がした
 
利用者から車椅子を引き取ってきた担当営業だ!!
 
「困るんですよね!!しっかりやって頂かないと」
「しばらくは普通に使えていたらしいんですが、また同じようにブレーキが効かなくなったらしいんですよ」
「利用者にケガはなかったらしいんですが、困るんですよね!こういういい加減な修理をされると…」
 
…丁寧な言葉の中にも怒りがみじみでている…
…その鋭利な刃物でオレの心臓を突き刺そうとでも言うのか‥‥
 
「こういう仕事をされると我々の信用問題に関わってくるんですよ」
「君達はぬくぬく中で修理をしているだけかもしれませんが、我々は現場で戦い続けているんですよ」
「我々営業は会社の代表として責任感を持って日々ご利用者様と接しているんです」
「君たちがどんな気持ちで仕事をしようと別に構いませんが…」
「我々の業務の邪魔をすることだけは決して無いようにして頂かなくては困るのですよ」
 
…言いたい放題だ…‥
…修理完了の報告をした時はあんなに感謝してくれたのに‥‥
…本当に同じ人間か……
…まだ続くようだ……
 
「とにかく利用者様には誠心誠意の謝罪をして、もう一度だけ修理のチャンスを頂きました」
「ラストチャンスだと思って早急に完璧に修理を完了して下さい」
 
営業はそう言って立ち去っていった
 
悪魔かこの男は?!
修理屋のプライドがズタズタだ
 
 
………………………
………………………
 
しかし…
本当にオレが失敗したというのか?!
あんな簡単な修理を……
 
ただの利用者と営業の勘違いじゃないのか?!
そもそもあの営業は素人なんだ!!
修理のことなんて何も分かっちゃいない
利用者に言われて、確認もせずに謝ってその場をおさめる為に、とりあえず商品を回収しただけだ
 
きっとそうだ
オレがミスをするわけがない
オレは誇り高き修理屋スグルだぞ!!
 
実際に状態の確認をするのが一番だ
どうせただの勘違いに決まっているんだ
そうに決まっている
 
オレは車椅子のブレーキを掛ける
ブレーキを掛けた状態で車椅子に座ってみる
 
しかし……
その時、恐ろしい出来事が起こった
オレが座った衝撃で車椅子の後タイヤが動いてしまったのだ

まさか
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ブレーキが効いていない
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修理前の状態に戻っているではないか
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おかしい
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そんな事が起きることはない
確かに修理は完了していた
修理後の確認の際、ブレーキを掛けた状態でタイヤは固定されていたはずだ
 
絶望と混乱でオレの頭の中は埋め尽くされる

と、同時に……
今まで築き上げた修理としての誇りとプライドがこっぱみじんに砕け散った…‥
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………………………
 
そういえば…
営業が利用者にケガは無いと言っていたな!!
 
不幸中の幸いとはこのことだ
 
駐車ブレーキに不備があると、大きな事故に繋がるケースもある
座る際に、座る場所が突然動いてしまうのだから当然バランスを崩してしまう
そのまま車椅子から転落されて、ケガをされる場合もある
動く椅子に座ることなど我々でも恐らく出来ないだろう
高齢者の方は筋力も低下されているので、転倒リスクが高まってしまう
 
だから、駐車ブレーキは車椅子の中でも超重要メンテナンス箇所なのだ
 
今回はたまたまケガがなかったとしか言いようが無い
大ケガをされていても全然おかしくなかったのだ
 
何とか首の皮が一枚だけ繋がった
となると、やる事はたった一つだ
今度こそ完全に修理をするしかない
それがオレに残された最後のチャンスだ!!!!
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………………………
 
 
しかし確かにあの時修理は完了していた
どうして今はブレーキが効いないのだ
 
オレは原因を考える
 
固定ネジの締め付けが甘かったのか
いや、、、確かにしっかり締め付けられている
 
なぜだ、、、
原因が分からない、、、
 
悩みながら後タイヤを触った時に、オレはある事に気が付く
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タイヤの空気圧が前回とわずかに変わっている気がする
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まさか車椅子を使用したことで空気が減ってしまったのか
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それでブレーキが効かなくなっていたのだ
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どういうことかというと
【ブレーキの空気圧は車イスを使用する徐々に減っていくということだ】

【空気がパンパンに入った状態で、ぎりぎりブレーキが効くようにブレーキ位置を調整しておくと、
 少しでも空気が減るとタイヤの押さえけられる力が弱くなり、ブレーキは効かなくなってしまうのだ】

さすがにもっと空気が減れば、利用者が自ら空気を入れて頂けると思うが、少し減った位では空気を入れることはないだろう
 
ここまで予測できなかったのが今回のクレームの原因だ
 
車椅子を使用することで空気が減ることまで計算して調整しなければならないということだ
 
単にブレーキが効いていたので修理完了だと思ったオレがバカだった
 
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しかしこれは困ったことになった
一気に修理の難易度が高くなってしまった気がする
 
こんな繊細な調整がオレに可能なのか?
オレにはセンスがないんだぞ
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空気の減り具合まで考えるとなるとどうやって修理すれば……
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空気の減り………………
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空気の………………
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この時のオレはパニックで本当に落ちるところまで落ちていた…………
センスの有無など関係なく、ただ修理屋の誇りを取り戻すことだけに取り憑かれていたのだ…
修理屋とは名ばかりのただのマヌケだ
だからあんな事を思いついてしまったのだと思う
 
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と、ここで…
オレはある悪魔のようなアイデアを思いついた
空気をまたパンパンに入れて何事も無かったかのように返却してやろう
クレームなど最初から存在すらしていない
オレは失敗しないので……
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………………………                    
 
続く
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